麻布十番の妖遊戯
「全く女とみたら見境ない。死んでからも変わらないなんて、ああ嫌だ。いつになったらましになるのか。おお恥ずかしい」

 聞いたことのある声の主は自分のすぐ隣、いや、下と言った方がいいか、己のすぐ側、足元からだった。
 見下ろしたそこには懐かしい白い猫。猫夜(ねこよ)がいた。

「ああこれは猫夜。そんなところにいたなんて。小さくて見えなかったよ。びっくりするじゃないか。でもよかった。一人じゃないと思うとほっとする」

 旧友に会えたのが嬉しいのか犬飼は満面の笑みで尻尾をぶんと大きく振った。

「やめやめ、尻尾をあたしの前で振るなって言ってるのがいまだにわからないなんて、なんてバカな犬なんだい。もう、世も末。終わってるけど」

 口を膨らまして自分の冗談に自分で突っ込みを入れて吹いている猫夜は、犬飼に、「ようやく復讐できる時が来たようだよ」と、低い声で呟き、周りの人に目を移した。

 猫夜はこの状況を理解しているが、犬飼は小首を傾げたままいまだに尻尾を振っていた。
 その尻尾の振り幅が広く、猫夜の背中に直撃し、よろけた。

 自分をよろけさせた犬飼の尻尾にムカっときて、おもいきり渾身のパンチをくれてやる。
 痛くも痒くもない猫パンチをくらった犬飼は、少し腰を浮かせて尻尾を己のまたぐらに挟んで収納した。
 尻尾のさきっぽがまだふさふさと揺れている。

「皆様方、お初にお目にかかります。あたしは猫夜と言いましてね、ご覧の通り真っ白い雪みたいに綺麗なふわっふわの可愛らしい猫でございました」

 三人に深く頭をさげた猫夜は、自分をえらく良く紹介した。
 続いて、犬飼は見ての通り巨体だけが取り柄のなんの役にも立たないただの犬でございました。と軽く犬飼をディスって適当に紹介する。
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