時には優しく…微笑みを
合鍵で部屋を開けた俺の目に入ってきたのは、俺のじゃない男物の靴だった。

嫌な予感がした。
これ以上、奥に入るなと本能が警笛を鳴らしていた。
ただ、そう思いながら俺は静かに足を踏み入れた。

寝室に使っている部屋から少し開いた扉から明かりと共に、聞き慣れた彩奈の声が漏れてきた。

「………っ、ねぇ。聞いてるの?今日は泊まっていけるんでしょ?」

「ん?泊まっても大丈夫なのかよ。彼氏くるんじゃないのか?」

「フフ、来ないわよ。私よりも仕事が大事な人だから、今日が初めてじゃないんだから、何を気にしてるの?ねぇ、それよりもっとお願い…」

……誰だ、ここにいるのは…
俺が知っている彩奈なのか。

怒りと言うより、ショックだった。彩奈を信じていた俺は言葉が出せないでいた。

部屋の中では話が続いていた。

「じゃあ、別れろよ。俺と付き合わないか?寂しい思いはさせないぜ?はぁ…」

「っ…う…、どうしようっかなぁ…はぁ。ねぇ、もっと強く…」

結局、俺は何も出来ないまま部屋から出た。


どこをどう歩いたのか覚えていない。気がついたら家に着いていた。

浮気…

俺が時間を作らなかったから?
寂しい思いをさせていた?

さっき見た光景が頭から離れなかった。
ベッドで激しくもつれ合う男女の姿が…目を閉じれば浮かび上がってきていた。
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