月歌~GEKKA
あの日に見た桜ではないけど…、白い梅の木が目に留まる。
会場を抜けて少し歩いた先に、白い梅林の公園があった。
私は公園のベンチに座り空を見上げる。
「あ…今日は満月なんだ」
暗い夜空に浮かぶ月を見上げて呟いた。
そしてふと…今日見たライブを思い出す。
大きなホールを埋め尽くす人、人、人。
色とりどりのライトに照らされて歌う森野さんの姿。
「本当に手の届かない人になっちゃったな…」
溜息交じりに呟くと
「お前…本当に言う事聞かないよな」
そう呟く森野さんの声が聞こえて、慌てて声の方へと視線を向ける。
月明りに照らされて、森野さんの姿がそこにあった。
「なんで?」
驚いて立ち上がる私に、森野さんは苦笑いしながら
「お前が、素直に言われた通り楽屋に来ると思う訳無いだろう?」
随分な言われように口を開きかけた瞬間、森野さんに抱き締められた。
一瞬、何が起こっているのか分からなかった。
「柊…、今から話す事を黙って聞いてくれないか?」
いつになく真剣な森野さんの声に、私は小さく頷く事しか出来ない。
初めて抱き締められた森野さんの胸は広く、ドキドキと鳴る森野さんの心臓の音が私と同じように緊張を伝えていて何も言えなくなる。
私が座っていたベンチに腰掛けると、森野さんは空を見上げてポツリポツリと話し出す。
「俺は清香を失ってから、かなり荒んだ生活をしていたんだ。
 かなり女も泣かせて来た」
森野さんの後半の言葉に胸がズキっと痛む。
隣で空を見上げて話している森野さんは、本当に女性なら誰もが惹かれる容姿をしている。
その上話す声も綺麗だから…、そういう状況は安易に予想出来た。
でも、予想しているのと、実際に聞くとなるとやっぱり好きな人からは聞きたくない言葉だった。
森野さんの言葉に私が俯くと
「軽蔑するか?」
森野さんの不安に揺れる瞳と目が合う。
「軽蔑は…しないです。森野さんなら、女性が放っておかないのも分かりますし…」
漆黒の瞳に見つめられると、言葉が喉に詰まったように出てこない。
必死に絞り出した言葉に、森野さんは私から視線を外して再び空を見上げた。
「そんな俺が立ち直ったきっかけが、お前だった」
森野さんの言葉に思わず森野さんの顔を見つめる。
空を見上げたまま、森野さんは小さく微笑むと
「お前さ…、俺にファンレターくれただろう?」
突然言われて記憶が蘇る。
CDをもらってから、従妹のお姉ちゃんにカケルさんの歌が大好きな事。
両親の離婚が決まって、転居しなくてはならなくなった事。
でも、カケルさんの歌があるから頑張れるって色々書いた手紙を託していたのを思い出す。
もう、穴があったら入りたいくらいに恥ずかしい気持ちで顔が熱くなっていく。
「一番荒んでた時に、偶然お前のその手紙が出て来たんだ。
 もうさ…封筒がぶ厚くて、お前の気持ちがびっしり書かれた手紙。
久しぶりに読んで…、荒んだ生活をしている自分が恥ずかしくなった。」
羞恥心で逃げ出したい気持ちの私とは裏腹に、森野さんは優しい笑顔を浮かべてそう続けた。
「え?」
思わず呟いた私に
「あのお店ってさ、出会った頃のお前みたいな子がたくさん来てるだろう?
欲しい玩具を見つけて、嬉しそうにキラキラ瞳を輝かせて…。
いつしか、あの時の子が「しっかりしろ」って背中を押してくれてるような気持ちになったんだ」
森野さんが私を見詰めてそう呟く。
「いつだって…俺はお前の存在に助けれられてた。
 あの店で働くようになって、あの時の子と偶然再会する事があった時に、恥ずかしくない自分で居ようと思えたんだ」
「嘘…」
驚いて私を見詰める森野さんを見つめ返す。
「それからしばらくして…、やたら生意気な女が現れて…」
森野さんはそう言うと、私から視線を外して思い出したようにフッと微笑んだ。
「いきなり俺の声を聞くなり、『カケルさん!』って叫ぶし…
 あの店では、過去の事を封印していたから本当に焦った」
「知らなかったとは言え…すみませんでした」
森野さんの言葉に小さくなると、森野さんは大きな手で私の頭をガシガシ撫でて
「嫌…。その後、お前が屋上で大の字になって俺達の歌を口ずさんでいたのを見て、
もしかして…って思い始めた。」
森野さんと親しくなるきっかけの出来事を思い出し、再び顔が赤くなる。
「もう!それは忘れて下さい!」
森野さんの肩を叩こうとした手を森野さんの手が掴む。
真剣な眼差しが私を見詰めて
「お前の部屋で俺達のCDを見て、お前があの時の女の子だって確信してショックだった。
 何でか分かるか?」
森野さんが聞いて来た。
私は森野さんの瞳に見つめられ、又、声が出なくなり必死に首を横に振って答える。
すると森野さんは
「負けず嫌いで…何に対しても一生懸命なお前に惹かれてた。
 でも…俺は清香の事があったから、お前を好きになる事を否定し続けていたんだ」
そう言って悲しそうに瞳を揺らす。
「俺に…誰かを好きになる資格なんて無いと思ってた」
この言葉に…、いつだったか森野さんが店長と話していた言葉を思い出す。
『俺があいつを好きになる事は無い』
あれは…そういう意味だったんだ…。
ぼんやりと考えていると
「でも…お前があの時の女の子だって知って…
 尚更、手を出してはいけないと思ったんだよ」
ここまで話すと、私の腕を掴んでいた森野さんの手がゆっくり離れる。
「もう…誰も好きにならないと思ってた。
 でも、いつしかお前の笑顔や俺に突っかかる姿に安心できる自分が居て…。
 気が付くとお前を目で追ってる自分が…本当に苦しかった」
両手で顔を覆い、森野さんは吐き出すようにここまで話すと
「こんな情けない奴で…ガッカリしただろう?」
そう言って小さく笑う。
私は必死に首を横に振って、顔を覆っていた森野さんの手に触れた。
触れた森野さんの手は小さく震えている。
きっと…自分の胸の内を話す事は、森野さんにとって苦しい事なんだろう。
「あのね…森野さん。私ね、森野さんがカケルさんでも、そうでなくても良かったんです。だって…私が好きになったのは…過去に出会ったカケルさんじゃなくて、あのお店で出会った 森野翔太という人間だから。
森野さんの仕事への姿、本当に尊敬してました。尊敬から恋愛感情へ移行するのなんて、簡単でしたよ。
でもね、今の森野さんを作って来た過去なら、私は過去も現在(いま)も…未来も…
全部ひっくるめて森野さんが好きです」
真っ直ぐ伝えた私の言葉に、森野さんは泣き笑いのような顔をすると
「お前…凄い殺し文句だな…」
そう言ってきつく抱き締めた。
「ごめん…。俺、お前の事、やっぱり手放す気ないわ」
と囁いた。
「え?」
驚いて森野さんを見上げた瞬間、森野さんの唇が私の唇に触れた。
驚いて固まっている私に
「柊…愛してる」
大好きな声で…瞳で…笑顔で…森野さんがそう囁いた。
私は信じられない気持ちと嬉しさで、涙が溢れ出して来た。
私を見詰める森野さんの瞳が優しく細められる。
「昔の俺は…たった一人の恋人も守れないガキだった。
 でも…今は違う。お前一人くらい、守り抜いてみせる。だから、側に居てくれないか?」
涙が止まらない中、森野さんの言葉に顔も気持ちもぐちゃぐちゃになる。
そんな私に、森野さんは悪戯っ子のような目をして
「まぁ…たとえお前が嫌だと言っても、もう手放す気無ぇけどな」
そう言って微笑んだ。
私は涙で歪む視界がうっとおしくて、両手で涙を拭いながら
「森野さんこそ…後悔しても知りませんよ!」 
必死に声を絞り出してそう叫ぶ。
「望むところだ」
コツンと森野さんは私の額に自分の額を当ててそう答えると、再びゆっくりと抱き締めた。
森野さんの腕の中で、私はふと夜空を見上げた。
夜空で輝く星や月が…、まるで私達を祝福してくれているかのように輝いていた。
私の長い片思いは、今、こうして終わりを告げた。
そしてこれから…私と森野さんの新しい関係が始まる。
きっとこれから先、何かある度に私はこの夜空を思い出すんだろう。
月の光がまるで…私達を包み込むように光り輝いているこの夜空を…。                                                                                            ~完~
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