わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
「一花、お前ヘンだぞ」

「へ?」

一花は顔を上げて鬼塚を見た。精悍な顔が笑いを浮かべてこちらを見下ろしている。

「暗い顔してると思ったら、いきなりにやけて。不気味」

一花は顔が赤くなるのがわかった。

「だ、だって」

「ま、もうすぐだって」

それが、逆に辛いんだって言ったら伝わるかしら?もうすぐって思うと、なんか我慢が効かなくなってくるというか。どうせ、榛瑠は涼しい顔で戻ってくるに決まってるんだけど。考えただけで悔しい。早く帰ってきてよ、馬鹿。

じゃあ、行くわ、と鬼塚は言って一花の頭に手をおいて彼女のセミロングの髪をわしゃっとした。

「わ、やめてくださいってば」

鬼塚は笑ってテーブルから離れる。

「月ちゃんに言いつけるから!」

一花が髪を直しながら言うと、鬼塚は振り返ってニヤッとした笑いをした。なによ、余裕なんだから。

そのとき、聞き慣れた呼び出しのコール音が聞こえた。一花は持っていたポーチから取り出して電話にでる。

「もしもし?嶋さん? どうしたの?」

嶋さんというのは長い間一花の住まいである舘野内家の屋敷を守ってきた人だ。でも、電話をよこすなんて滅多にない。一花の胸に不安がよぎったが、なるべく明るい声を出す。

『お嬢様、申し訳ありません。いま、少し、よろしいですか?』

嶋さんの声はいつも通り落ち着いた温かいものだった。

「大丈夫よ」

『実は……』
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