わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
「本当はね、」と榛瑠は穏やかな声で話を続ける。「熱が下がったら伝えようと思ってた事があったんです」

伝えたいこと?

「何?」

「大した事ではないのですが、熱のせいで言っていると思われるのも何だったので」

なんだろう?

「でも、今、言いたくなって」

「うん」

「あのね」

暗闇の向こうから聞こえてくる声は、なんだかひどく懐かしいような、でも、初めて聞く声のような、不思議な感じだった。

「ずっと考えていたんです、記憶をなくしてから。自分のことを」

一花は静かにその声を聞く。

「残っている記録を探して、僕を知っているという人と話して、自分がどう感じるか試して」

「うん」

「失くしたものは戻ってこないと思ったので。根拠なく期待しても無駄ですからね。過去を探すのではなく、今の自分をばらして組み立て直すつもりでやっていました。そうすれば仕組みもわかる」

「うん……」

「でもね、どうしても腑に落ちないことが出てくるんです。今ここにいる自分のことなのに」

「なに?どんなこと?」

「例えばね、なんであなたに、こんなにイライラするんだろう、とかね」

そう言った榛瑠の声は笑いを含んでいた。

「……それは、つまり、……きっとそういうものなのよ。……うん、ごめん」
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