わたしの愛した知らないあなた 〜You don’t know me,but I know you〜
「きゃっ、やだ、馨さん」

そう言って月子は自分の髪に手をやる。そんな彼女を見て今度は鬼塚が軽く笑うと言った。

「ま、しょうがないか。お前の優先順位も、何でか一花だしな」

「……今日、こうして会えて本当はとても嬉しいです。会いに来てくださってありがとうございます」

そう言うと、月子は爪先立ちになって、自分の恋人の唇にそっとキスをした。

鬼塚は彼女の感触の残る自分の唇を手の甲で覆う。

……まったく。この女は、唐突にこういう事をするんだ。

「……拉致るぞ」

「え?」

鬼塚のつぶやきが聞き取れず、月子が聞き返す。

鬼塚は答えず、前かがみになると彼女の肩に頭をのせた。

「馨さん?」

「好きだよ、月子」

「……はい。私もです」

その言葉を聞きながら鬼塚は動かずにいた。

月子の少し高めの落ち着いた優しい声がここちいい。

鬼塚の脳裏に一花と入院中の奴の事がよぎる。

「馨さん?」なおも動かない鬼塚に月子が問う。「馨さん?あの、えっと……?」

鬼塚は自分の名を呼ぶ声を聞きながら、そういえば今日は月が綺麗だな、とふと思った。



四条榛瑠はそれから10日ほどして戻ってきて、そのまま総合病院に検査入院となった。

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