アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
――そして世間がクリスマスで盛り上がっている十二月二十四日の夕方、私は上京する為、新幹線のホームに居た。
見送りに来てくれたのは、唯と母親。到着した新幹線に乗り込み「じゃあ、行ってくる」とふたりに声を掛けたのだが、その直後、今まで笑顔だった唯が予期せぬ行動に出た。
「やっぱり東京になんて行くな!」と人目もはばからず泣き叫び、私を新幹線から引きずり降ろそうにとする。慌てた母親が唯を羽交い締めにし、ホームはちょっとしたパニック。
そんな異様な光景を涙で潤んだ目で眺めながら、唯に向かって大きく手を振る。こうして私は住み慣れた古里を後にしたんだ。
本当は母親が予定していた通り、余裕をもって二十三日に出発したかったのだけれど、予定が狂い結局、ギリギリの二十四日になってしまった。
到着した次の日に本社初出社だなんて、今から緊張して吐きそう……
期待と不安を胸に東京の地に降り立つと、翔馬との待ち合わせ場所に急ぐ。が、東京に来るのはバイオコーポレーションに入社して研修を受けた時以来だから、記憶は曖昧。なんとか待ち合わせ場所に辿り着いた時には、約束の時間を十分程過ぎていた。
翔馬、まだ来ていないみたいだな……
持ち慣れない大きなキャリーバッグのせいで行き交う人の波に乗れず、足を絡ませもたついていると、雑踏の中で「姉貴、遅いぞ!」って声がする。
「えっ……翔馬?」
しかし声はすれども姿がない。辺りをキョロキョロ見渡していると、真っ赤なダッフルコートを着た茶髪の若者が太い柱にもたれ掛かり、気だるそうに手を上げているのが見えた。