アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】

翔馬の真っ赤なダッフルコートの裾を恥ずかしそうに指で摘まみはにかんでいたのは、忘れもしない。一年前、愛しい人の隣りに居た女性だ。


何度忘れようと思っても、私の脳裏にこびりついて離れなかったあの笑顔。それを再び見ることになるなんて……


でも、どうして並木……じゃなかった。八神常務と結婚したこの娘が翔馬の彼女なの? ヤダ……まさかこれって……不倫?


自分が出した結論に青ざめ冷や汗が噴き出してくる。


ヤバいことになった。翔馬はこの娘が八神常務の奥さんだって知っているんだろうか?


いや、いくら翔馬がいい加減なヤツでも、大学受験でお世話になった八神常務を平気で裏切るようなことはしないはず。おそらくこの事実を翔馬は知らない。ってことは、翔馬はこの娘に騙されている?


愛おしそうに彼女の肩を抱く翔馬に危機感を覚え、慌てて翔馬の腕を掴むと彼女に「ここを動かないで!」と強い口調で命令する。


「はぁ? 姉貴、何言ってんだよ?」

「いいからアンタは私と来て!」


有無を言わさず翔馬をリビングまで引っ張って行き、勢いよくドアを閉めた。


「翔馬、あの娘はダメ! 絶対にダメ。今すぐ別れなさい」

「はぁ? バッカじゃね? なんで別れなきゃいけないんだよ?」


翔馬は不満気に私を睨んでいるが、翔馬の為にもここは引き下がるワケにはいかない。


「翔馬は騙されているの。あの娘はね、結婚しているんだよ!」


私がそう叫んだ時、背後でドアが開く音がした。


廊下で待ってるように言ったのに、なんで勝手に入ってくるのよ!


彼女に対して一気に怒りが込み上げてきて凄い勢いで振り返ったのだが、そこに居たのは彼女ではなかった。

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