アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】
山辺部長の口から大嶋常務の名前が出たとたんオフィス内がザワ付き、並木主任にお熱を上げている先輩女子社員までもが目を輝かせ興奮している。
その理由は、大嶋常務が独身で超イケメンだからだ。
「紬、聞いた? 大嶋常務だって~」
隣りの唯も色めき立ち、私の背中をバンバン叩いて飛び跳ねている。
「大嶋常務に会うのは、入社式以来だよね」
あちらこちらからそんな声が聞こえる。私を含め、ここに居る社員のほとんどが、大嶋常務に会うのは今日が二度目。つまり、地方の研究所の一般社員にとって大嶋常務は雲の上の存在なんだ。
午前中は皆浮足立って仕事どころじゃないって感じ。ようやく昼休みになり、唯と社食でランチをしていても話題は大嶋常務のことばかりで、私との約束は頭の片隅にも残っていないようだ。
「……ねぇ、唯、なんか忘れてない?」
その一言でようやく思い出したのか、苦笑しながら姿勢を正す。
「忘れてないよ~並木主任のこと……だよね?」
「そう、唯は何を根拠に並木主任が心変わりしたって思ったわけ?」
すると唯は真面目な顔で「紬を見る並木主任の目だよ」と言った。
「私を見る……目?」
「うん、料亭で紬が酔い潰れて寝ちゃった時、並木主任、凄く愛しそうな目で紬のこと見てたもん。で、紬のことばかり聞いてきた。並木主任って結構分かりやすい人だよ」
社食に来るまでは、唯の言うことを鵜呑みにしちゃいけないと必死で気持ちを静めていたのに、そんなこと言われたらまた熱い想いが溢れ出し、並木主任が恋しくて胸が苦しくなる。