フルール・マリエ
ファミーユ

日中の肌を焼くような日差しを避けて、真夏の出勤はいつもより早めだ。

それでもクーラーが効いた満員電車でも汗は吹き出るし、駅から店まで歩く間にも額に何度もハンカチを当てる。

店に着く頃には既に体に疲労感が滲んでいる。

ロッカーで汗を拭いながら制服に着替え、髪を整えてから事務所に入ると、真田さんが既にいつもの涼しい顔でデスクに座っていた。

「おはようございます」

2人しかいない空間に躊躇いながらも頭をさげると、真田さんはちら、と視線を上げて「おはよう」と返す。

千紘と言えど、店に入ったら支配人とその部下という立ち位置は崩さないようにしようと思っている。

示し合わせたわけではないが真田さんもそのスタンスで合わせてくれている。

私にとっては昔の千紘の印象よりも、今の支配人である真田さんの方が違和感無く接することができるので助かっている。

一度食事には行ったが、それだけだ。

「朝見さん」

「は、はい」

思わず声が高くなり、真田さんも少し目を丸めた。

「何か?」

「いえ、何でしょうか」

顔を引き締め、真田さんの前に直立する。

「来週土曜10時に来店する山口様の担当をお願いします」

「はい、わかりました」

担当はスタッフが現状、担当している人数に応じて支配人が割り振る。

変に意識してしまっている自分に気づき、改めて気を引き締め直す。


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