君の手が道しるべ
心の中の動揺を悟られないようにしながら、私はつとめて平然と答える。

「ほら。彼女、言ってたじゃない、『大倉主査があんたみたいな女を好きになるわけない』って。聞いてたんでしょ?」

 私の言葉に大倉主査の真剣な眼差しが少し険しくなったように見えた。

 けれど、どうしても言いやめることはできなかった。

 視線が真正面からぶつかることがないように、少しうつむき加減で私は言った。

「その部分だけは……藤柳さんの言うとおりなんじゃないかって。私自身、理解できないもの。――なんで私なんだろうって」

 大倉主査は黙って私を見つめている。その気配はわかる。けれどどうしても目を見ることができない。

「私なんか、って、自信もないし……好きになってもらえる理由もわからないし。特に他の人より優れてるとか、そういうところがあるわけでもないし。なのに、なんで私なんだろうって、思っちゃうよね。どうしても」

 私の言葉を静かに聞いていた大倉主査は、深いため息をついた。

「――永瀬調査役は、今まで恋愛ってしたことないんですか?」

「え? あ、あるわよ、もちろん」

 急な質問に思わず声がうわずってしまい、恥ずかしさで頬が熱くなる。

 もちろん、私にだって恋愛経験くらいある。彼氏だっていたのだ。まあ……最後に彼氏がいたのが何年前なのかも定かじゃないけど。

「じゃあ聞きますけど、永瀬調査役は、誰かを好きになるのにまず理由をいちいち考えるんですか?」

「……理由?」

 質問の意図がわからず、ぽかんとする私に、大倉主査は真顔で言う。

< 78 / 102 >

この作品をシェア

pagetop