いつか、星の数よりもっと
以前の緋咲ならともかく、あれから10ヶ月程度で変わったりしない。
ふたたび首を横に振るものの、相変わらずまったく動かない緋咲に、貴時は苦笑する。

「ひーちゃん、何か言って」

「……言っていいの?」

一瞬驚いてから、貴時は笑って両腕を広げた。

「いいよ」

たった3mを緋咲は走って、その腕の中に飛び込む。
首を抱き寄せて、青いような匂いに吐息をもらしつつ、耳元に唇を近づけた。

「……き」

大事な大事な第一声は、涙で半分流された。
むせ返るような愛しさに息が詰まって涙が出る。
昨日緋咲が買ったワイシャツの、10分の1程度の値段しかないシャツに、言葉より雄弁な涙がどんどん吸い込まれていく。

「聞こえないよ」

微笑みを含んだ声が首筋を撫でるので、一度震えながら深呼吸し、鼻声のかわいくない声ではっきりと言った。

「好き」

想いを表す言葉が、たった二文字しかないことを緋咲は恨む。
その恨みを込めて、しがみつく腕の力を強めた。

「うん」

緋咲の背中を抱く貴時の力も強くなった。

「好き」

「うん」

「好き」

「うん」

「好き」

「うん」

「大好き」

「うん」

「すごく好き」

「うん」

「すっごくすっごく大好き」

「うん」

「すっごくすっごくすっごく大好き」

「うん」

「『うん』しか言わないの?」

文句さえ噛み締めるように貴時は緋咲の首筋に顔をうずめた。

「言葉くらい、たくさん言えばいいと思って。どうせ俺の気持ちには敵わないんだから」

「そんなことないのに」

「あはは!」

朗らかな笑いで流す貴時は、きっと信じていない。
だから、貴時が積み上げた時間より、さらに長い時間をかけて、ゆっくり伝えていこうと肩越しに見えた星に誓う。
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