いつか、星の数よりもっと
「まだまだ先は長いんだし、気負い過ぎずに頑張ってね」

「いや、一期で抜けたい」

間髪入れず、貴時は言い切った。

一期で抜けるとは、初参加の三段リーグでそのまま四段に昇段すること。
棋士はみんなそういう気持ちで参加するし、実際に一期で抜ける人もいるにはいるけれど、やはり珍しいし難しい。
けれど、無理だよ、などと否定的なことは当然言えないし、トッキーならできるよ、と安易な応援も言いたくない。
従って、もうきれいになった指先を執拗に拭うしかなかった。

「ひーちゃん、来年の四月から社会人だって?」

「うん」

「一期で抜けたら、俺も四月から社会人。追い付くね」

身長が越されようが、新聞に載ろうが、5歳という年齢差はこの先永遠に追い付かれることはない。
しかし、真剣な目はただ純粋に将棋を楽しむ子どものものとは違っていて、その認識が初めて揺らいだ。

「……まだ高校生じゃない」

事実を言っただけのそれは、何かに対するささやかな抵抗だったけれど、貴時は聞いているのかいないのか、「これ、すっごいサクサクだね」とアップルパイにかぶりついていた。

「そうなの。食べ終わったら掃除機かけよう」

ホッとして緋咲もアップルパイを口に運んだ。
時間が経ってもサクサクパリパリのパイの中に、酸味のしっかりとしたリンゴフィリング。
道の駅の片隅でひっそり売っているものだけど、地元民の中では口コミで人気だった。
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