いつか、星の数よりもっと

七瀬の言う通り、緋咲は当時恋は消耗品だと公言していた。
恋のはじまりはドキドキワクワク楽しくて、それがだんだん少なくなっていくからだ。
慣れたころにはもう恋心は使い果たし、嫌なところが見えてくる。
そうなればお取り替えの目安。
言葉通り短いスパンで彼氏をとっかえひっかえしていた緋咲に、同じクラスの岩永が言ったのだ。

『守口さんって、人生捨ててるの?』

むしろ春を謳歌しているつもりだった緋咲は腹が立って、

『どこに運命の相手がいるかわからないでしょ?』

と言い返したのだけど、岩永にはまったく響かなかった。

『ふーん。守口さんはトイレットペーパーみたいな恋愛に運命感じるんだな』

当時岩永には三上という中学時代から付き合っている彼女がおり、恋愛観は真逆だったのだ。


「岩永君、結婚したらしいよ。三上さんと」

ふわんふわんのパンケーキが喉に詰まり、ミルクティーで流し込む。

「うわーーー、最悪……」

「大学卒業を待ってすぐに。緋咲の恋愛は私もどうかと思うけど、あれはあれでレアケースだよね」

人は変わっていくものだし、取り巻く環境も変わっていく。
その中で恋心だけ変わらないなどということが、緋咲には想像できなかった。
岩永のそれは確かに恋だと思うけど、変わっていく中で見つける恋を認めない狭量な男など、緋咲とて願い下げだ。

「ヤツのは鋼鉄の恋心だったか。雨降って錆びてしまえ」

「緋咲が恋愛休んでるのは、何かきっかけでもあったの? 仕事忙しいとか?」

いつも恋が終わるころにはたいてい次の恋が見えていたし、たまに切れてもすぐに見つかった。
中学校二年生で初めて彼氏ができて以来、独り身の期間はひと月と空かなかった。

「前の彼氏と別れたのは、就職でこっちに帰ってきたからなんだけど、そういえばいないなーって感じ」

「職場で出会いはないの?」

「食事に誘われたりはするよ。だけど面倒臭いから断ってる。今は別にいらないかな。デートしたければたまにトッキー誘ってるし」

「トッキーも彼女いないんだね」

これまで考えもしなかった事実に、緋咲の手が止まった。

「いるわけないよ。大変な時期なのに」

「ああ、受験?」

「そうじゃなくて将棋! あと段位ひとつ上がればプロになれるんだから!」

東京の大学に進学した七瀬は、当然貴時の記事を読んでいない。

「そうなの? じゃあすぐだね」

三段リーグの厳しさをここで語る気持ちにはなれず、パンケーキで口に蓋をする。
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