ニセモノ夫婦~契約結婚ですが旦那様から甘く求められています~
「あぁ。このCMちょうど今日からだったな。二十年ほど前のものを復刻したものだけど、覚えているのか? これをやっている頃、小春はまだ小さかっただろう」

 口を開けたまま凝視する私に、颯馬さんが問いかける。映像が次のものに変わっても、私は視線を逸らせなかった。

「……小さい頃、好きだったんです。父が母にあのスノーフラワーシリーズのコンパクトをプレゼントして、母はよく大切そうにそのコンパクトを眺めていました。私も子供ながらに母の手の中にあるそれがとても綺麗に見えて……。思い出せる母との貴重な思い出のひとつなんです」

 毎日のように寝込んでいた母が、時々嬉しそうにコンパクトを眺めていた横顔を今でも鮮明に思い出せる。

 その当時の私はこのコマーシャルが流れると、「お父さんがお母さんにあげたやつだね」と毎回繰り返しながら、目を輝かせて見入っていた。母が亡くなり、コマーシャルも終わってしまったとき、いっそう悲しくて父に「またあれが見たい」と泣きついたのを覚えている。

 幼いときに亡くなってしまった母の、私が思い出せる数少ない心覚えだった。
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