三十路令嬢は年下係長に惑う
二人は一旦自席に戻ってから、揃ってフロアを出た。周辺情報を知らない水都子が店の選択は神保に任せたので、神保はいくつか候補をあげてきた。

 美味しくて回転が早いお店と、味はいまいちだけどまったりできるお店とどっちがいですか? そう問われて水都子は後者を選んだ。

 神保が連れて来てくれたのは会社のすぐ近くで、地下にある居酒屋だった。「みなとや」という屋号は個人経営の店のようだったが、箸袋に印字されているのが有名なチェーン店のもので、不思議に思って尋ねると、一応系列の店舗なのだという。

「系列って言ってもこの一店舗だけなんですけどね」

 ラミネート加工されたA4サイズのランチメニューを渡しながら神保が言った。

「わ、安いね、これでドリンクバーとライスおかわりがついてるの?」

 ランチの定食は日替わりが五百円、一番高いものでも八百円だった。

「安いんですよー、でも、いまいち混雑しないんですよねー、私は気に入ってるんですけど」

 けれど運ばれてきた食事を一口食べて水都子は納得した。飛び抜けてまずくはないが、味噌汁が煮詰まって少ししょっぱいのと、ご飯がやややわらかい。

「……まあ、味はアレなんですけど」

 一口食べた水都子が複雑そうな顔をしているのを見て神保がフォローするように言った。

「でも、静でいいわ」

 水都子が笑うと、神保も照れたように笑った。

「私、あんまり味にこだわりがなくて……、後、なんでかわからないんですけど私の通うお店って潰れるんですよね……」

「潰れるって、何軒くらい?」

「……五軒です、一番最近のはラーメン屋で、潰れた後、また別のラーメン屋が入ってまた潰れて、最後はガールズバーになりました……、ちなみに、このお店も前は中華料理のお店だっったんですけど」

「でも、そういう場所ってあるよね、飲食店が定着しないって言うか、テナントが次々変わる場所っていうか」

「場所ですかね、私のセンスが飛び抜けて悪いって事は」

「無いと思うけど……」

「水都子さんはやさしいなあ」

「えー、そんな事は無いけど」

 味噌汁とご飯は今ひとつであったが、焼き鯖の塩加減は絶妙で、つけあわせの煮物の味も悪くは無かった、気休めでは無く、単に場所が悪くて定着しない飲食店というのはままある。
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