三十路令嬢は年下係長に惑う
ポラリスリゾーツ
水都子は、結婚後、退職する予定だった職場へ戻る事はしなかった。元々、父のコネで入ったという事もあったが、同じ職場には元・婚約者もいるのだ。できればもう二度と顔を併せる事はしたくなかった。

 父も母も、しばらくは家でのんびりする事を奨めてくれたが、水都子はそれを断った。

 水都子の父が会長へ退き、妹の真昼が社長に、弟の慎夜が副社長になった『ポラリスリゾーツ』へ入社する事に決めたのだ。

「……結局ここのお世話になる事になっちゃったか」

 妹の真昼の少し後を追いかけながら、水都子がぼやく。

「別に、ずっとうちでおさんどんしてくれててもいいんだけど」

「やだ、お母さんうるさいんだもん、料理も掃除も、主婦が二人いると喧嘩になるだけよ」

「ま、そーかもね」

 真昼は答えたが、幼い頃から真昼は家事はほとんどしてこなかった。父の気に入りで、末っ子長男の慎夜以上に見込まれ、今は社長に収まっている。

 真昼は社長就任前、当時の社長だった父の秘書として入社した。社長令嬢の入社に、社内の独身男性は浮足立った。うまくいけば逆玉の輿、真昼の夫になれば、ポラリスリゾーツ社長の椅子が手に入るのでは、そんな妄想を描き、真昼をくどこうとした社員は多かったらしい。

 中には強引に迫ったものもいたらしいが、後日その事を後悔させられる羽目に陥った。

 真昼自身が社長に就任したのだ。

 同時期に現場で下積みをしていた慎夜も副社長となり、会長、社長、副社長と、完全に一族経営となった。

 最初こそ、社長令嬢の道楽、と、あなどっていた重役もいたが、父が社長時代からの懐刀で、次期社長と目されていた、今では専務の内城の協力もあり、若手の女社長として世間的な評判も上々なようだ。

 社長となった真昼は、辛抱強く、重役達との協力体制を敷き、今は現・会長が社長だった頃よりも業績は上がっていた。

 弟の慎夜の方も、現場時代に共に働いていた真島を片腕としてひっぱり、社内の若返りは一見成功したかのように見えている。

「でも、私にできる事なんてあるかな……」

 共にエレベーターに乗り込み、水都子が『閉』ボタンを押すと、真昼は妹の顔から社長の顔へ表情を変えて、言った。

「私は、できない人にはそもそも仕事を頼まない、自信持ってよ、遊佐さん」

「……わかりました、社長」

 水都子が配属されるのは、経理部システム課。経理部の一部門であるシステム課を部に昇格させる為の準備作業に協力する為だ。

 現状、課長は経理部長が兼任という形をとり、実質とりしきっているのは係長の若い男性社員だという。

 なかなかに敵を作りやすい人物のようで、フォローに入って欲しいというのが、社長である真昼のもくろみだった。

 本来であれば、副社長の慎夜が適任だろうと一時水都子は辞退したのだが、慎夜の方からも、水都子の方が適任だと後押ししてくれた。
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