『続・7年目の本気~岐路』

 手術室の前のベンチに力なく座る真緒。
 
 その手もスーツも、真っ赤な鮮血がべっとりと
 ついている。

 詩音がナースセンターで借りてきた
 タオルを濡らして、
 真緒の手についた血を拭っているのにも、
 彼女は全く反応しない。

 どうにか血の痕跡を拭き取り、
 スーツの上着を脱がせたとき、
 母・妙子が駆けつけてきた。

 己の両手に顔を埋めて、真緒が肩を震わせる。

 泣いているのか……と、詩音も妙子も
 思ったのだが、
 真緒の声に涙の気配はなかった。

 そこにあるのはただ深い悔恨。


「……あの子の付き合ってる彼がヤクザだって事は
 かなり前からわかってた。分かっていながら私は
 何にも……」

「それは母さんだって同じ。めぐが荒れてくのを
 ただ、為す術もなく見てるだけだった……」

「……ママ」


 真緒の言葉に、妙子は半泣きで笑う。


「あなたがそう呼んでくれたのは久しぶりね。
 あの子は
 あなたや母さんを置いて逝ったりしない」


 そのとき廊下の向こうから
 カツ カツ カツ ―― 靴音が聞こえてきた。

 
「叔母さん、真緒」


 張り詰めた呼び声に、
 2人はハっとしてそちらを振り返る。
 
 
「和巴」「和ちゃん」 

「めぐの容態は?」


 その問に答えられる者はまだいない。
 
 
*****  *****  *****


 そして数時間後――、
 ようやく ”手術中”のライトが消えた。
   
 大きな酸素マスクと
 何本ものチューブに繋がれためぐみが、
 手術室から運び出されてくる。


「めぐ……」

「めぐっ!」


 続いて出て来た手執医がマスクをはずしながら
 告げる。


「手術は成功しましたが、今の時点ではまだ何とも……
 後は患者さんの体力次第です。凶器はかろうじて
 心臓をはずれていました。
 しかし大きな血管を傷つけていまして。
 そのために失血が酷く、一時はショック症状を起こし
 大変危険な状態になりました。
 ですが何とか傷口も完全に塞ぎました。
 あとはさらに輸血を続ける事と、
 意識が戻るのを待つしかありません」

「ありがとうございました」


 妙子が深く頭を下げた。

    
「患者さんは状態が落ち着くまでは集中治療室に
 入ります。では、私はこれで」


 医師やスタッフ達が立ち去ると、
 一同は誰からともなくバラバラと
 集中治療室へ移動を始める。

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