さざなみの声
レストランで


 そして二月二十七日の日曜日が来た。シュウと寧々の家族が初めて顔を会わせ食事をする約束の日。レストランの予約は十一時。シュウと新幹線で来る両親を品川駅まで迎えに行った。

「お母さん、ありがとう。わざわざ来てくれて」

「何言ってるの。こんな嬉しいことなら何度でも来るわよ」

「母さん、何度でもはマズイだろう?」
 父は笑って言った。

「先日はありがとうございました。突然伺って泊めていただいて、お世話になりました」
 シュウが笑顔で両親に頭を下げた。

「とんでもない。大事な娘婿が遠くまでわざわざ来てくれて嬉しかったですよ。これからもいつでも大歓迎しますからね」

 母は本当に嬉しそうに言って父と顔を見合わせていた。寧々は今でも仲の良い両親が自慢だった。

「じゃあ行きましょうか」

 シュウが先に立って車を停めてある場所に二人を案内した。シュウの家族には場所を教えてレストランで待ち合わせる事になっている。私達は十一時少し前にレストランに着いた。駐車場に停め車から降りて四人で歩く。



 入り口のドアに 『本日貸切』 のプレート。
 えっ、どういうこと? 予約は入れたけれど貸切って……。不思議に思いながらドアを開けて中に入った。

 副社長? 麗子? みゆき? …… 何で?

「あのう……」
 何が何だか分からない。
 シュウと顔を見合わせた……。

「寧々さん、待ってたのよ」
 と副社長は優しく微笑んでいる。

「あぁ、家の父と母です。とてもお世話になった会社の副社長さん」

「初めまして。寧々が大変お世話になったそうで感謝しております」
 と父。母はとなりで深々と頭を下げた。

「いいえ。寧々さんのデザイナーとしての才能に、お世話になって助けられたのは私や会社の方ですから」

「とんでもないです。あのう副社長、きょうはどうされたんですか?」

 副社長はただ笑っている。

「はいはい。寧々はこっちね……」
 麗子とみゆき、二人に手を取られて、どこかに連れて行かれる。

「ええっ?」
 ますます何が何だか……。レストランの奥の個室の前で

「寧々、ドアを開けてみて」

 部屋に入ると……。真っ白なドレスが掛けられている。

「えっ? これ私が最後に作ったウェディングドレスだけど……」

「はい。ここに座って。寧々はこれから花嫁さんになるのよ」

「えっ? 何言ってるの?」

「このドレス、誰のサイズで作ったの?」と麗子。

「私のサイズだけど。でもそれは二十代、三十代の標準サイズだからで……」

「違うのよ。副社長さんは最初から寧々に着せるつもりだったのよ」とみゆき。

「きょうここで両家の食事会をすると知って、私に連絡をくれたの。寧々にウェディングドレスを着せたいから手伝って欲しいって。仕事でウェディングドレスを作ってきた寧々が着られないなんておかしいもの」

「麗子。そういえば副社長の甥っ子さんと結婚したのよね」

「それで、みゆきに連絡したのよ。手伝って欲しいってね。さぁ早くメイクしないと。寧々、私の仕事覚えてる?」

「メイクアップアーチスト……」そうだった。

「カメラマンも頼んだわよ。家の出版社のね。プロだからね。良い写真を撮ってもらおうと思って」とみゆき。

「ありがとう。私、何て言えばいいのか……」

「泣いちゃダメよ。メイクが崩れるからね。はい。着替えて」

「これ……」

 ドレス用の下着からストッキング、靴まで揃ってる。

「寧々の事なら下着のサイズから靴のサイズまで全部知ってるわよ」

「ねぇ。おととい一緒に飲んだわよね。何も言ってなかったじゃない」

「かなり飲んだから、うっかり言いそうになったわよ」とみゆきは笑っていた。
< 107 / 117 >

この作品をシェア

pagetop