さざなみの声


「寧々って本当に可愛い名前だね。誰が付けたの?」

「私、実家は名古屋なんです。父が秀吉ファンで奥さまのお名前が、ねね。彼女のように聡明な女性にと付けてくれたようです」

「そうか……。寧々のお父さんにしてみれば僕は最低の人間なんだろうな」

「そんな……そんなことありません。私、最初に面接でお会いした時から課長のこと気になってました」

「それは僕の方だよ。寧々という名前が、とても良く似合う可愛い女性だと思ったよ。デザイン画にも才能を感じた。僕は君を推薦したんだが……。済まないね。僕の力が足りなくて」

「いいえ。私を推薦してくださっただけで満足です」

「デザインの方は続けて書いているのかな?」

「はい。今私に出来る事は、それくらいですから」

「諦めないで書き続けるんだよ。継続は力なり。いつか必ず報われる時が来るよ」

「そうでしょうか……」

「信じるんだ。自分の才能と努力をしてきた時間を。諦めたら、それで夢は去って行ってしまう」

「はい」

「社内のデザインコンペとかも、またあると思うから」

「私でも応募出来るんですか?」

「君だって我が社のスタッフの一人だよ。デザイン室のデザイナーだけが優遇されない公平な審査をしてくれるはずだから時期を待つんだ。その為の努力を惜しんではいけないよ。分かったね」

「はい。課長ありがとうございます」

「僕は寧々と呼んでいるのだから二人だけの時は名前で呼んでくれないか?」

「何て呼べばいいんですか?」

「啓祐でいいよ」

「ケイスケさん……?」

「ベッドの中では啓祐がいいな」
 そう言って課長は笑っていた。笑顔が真剣な顔になり
「寧々、離れたくないが、そろそろ帰らなければいけない時間だ。明日、同じシャツとネクタイで出社したら何を言われるか」

「あぁ、そうですね……」
 課長を見詰めていた視線をはずした……。

「寧々……。そんな顔しないで。帰れなくなるよ」

 啓祐さんは優しく私の体を抱きしめてキスしてくれた。

 家庭のある人を引き止めてはいけない。そう自分に言い聞かせた。
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