裏切り者の君へ

 たとえ雪也が幼女を犯すような男だったとしても、たとえそれを自分が知っていたとしても、自分は雪也を愛したであろう。

 そして雪也も自分を愛した。

 それは事実で真実なのだ。

 雪也の中のたくさんある真実の1つに過ぎなくても。

 そう信じなければ來夢はこれから生きていけなかった。



 
 雪也の死は新聞の端っこに小さく報じられた。

『少女強姦犯、罪に問われるのを恐れて飛び降り自殺』

 雪也の名前と年齢、それとどこで手に入れたのか雪也に全然見えない雪也の写真も載っていた。

 都会では大して話題にならない事件だったが地元では大スクープになったようだった。

 高校時代のクラスメイトの何人かから電話がかかってきた。

 みな來夢が東京で雪也と付き合っていたことは知らなかった。

 興奮気味にまくしたてる友人たちの話を來夢は冷めた気持ちで聞いた。

 不思議と哀しくも辛くも腹立たしくもなかった。

 金魚鉢の中でバリスタがくるくると回るような変な動きで泳いでいる。

  來夢の心の中はつんと静まり返っていた。

 友人たちの話す雪也は來夢の知っている雪也ではなかった。

 他人だった。

 雪也の新聞記事は燃やしてトイレに流した。



 次の日バリスタは白いお腹を見せて水に浮いていた。




 新しい生活を始めた。

 引越しをして駅前のスポーツジムに入会した。

 別に運動がしたくなったからではない、ただ今までしたことのないことがやりたかった。

 その日ジムに行くと濡れた傘でいっぱいの傘立ての横に1本の笹が立てられていた。

 横に色とりどりの短冊が置かれており、『自由にお書きくだい』と貼り紙がしてあった。

『シックスパックになる』『今年こそ40キロ台になる』スポーツジムらしい願い事が書かれた短冊がすでにいくつも笹に結びつけられている。

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