彼・・・私の天使。
私……


 彼が私を追いかけて来るなんて考えもしなかった。

 マンションの七階からエレベーターで降りてきた私は、途中で住人らしき人たちが乗ったり降りたり、確かに時間は掛かったけれど。

 一階に着いてドアが開いて、私の目に映ったのは呼吸困難の一歩手前の彼。苦しそうに全身で息をしていた。全力で階段を駆け下りたらしい。他に方法は無い。

 そんな事で感激するとでも思った? 君に、お似合いの可愛いお嬢さんならまだしも大人の私には、そんなスタンドプレー通用しない。
 そう思いながら一方では、彼の顔から雫のような汗が落ちるのをキレイだと、そんな姿さえも愛おしいと感じている自分がいた。



 彼は、藤島 瞬 ( ふじしま しゅん ) 二十七歳、役者志望、まだ売れてはいない。前の所属事務所とのゴタゴタで借金抱えてる。役者を目指すくらいだから、かなりのイケメン。



 私、佐伯 詩織 ( さえき しおり ) 彼より十三歳年上、四十路。
 昔は、十代二十代の頃は街を歩けば、みんなが振り返った。
 でもいかにも軽そうな男の子達に声をかけられるのが我慢出来ないくらい嫌だった。そんな軽い女に見られた扱われた。
 何よりも、そんなスキを見せていたかもしれない自分が許せなかった。

 キレイに生まれついた子は、誰よりもそれをよく知っている。何をどう言っても表面だけしか見られていない事も。


 男嫌いという訳ではない。この歳になるまで何もなかったとは言わない。それなりに恋愛もしたしプロポーズもされた。まるで知らない男性から、ぜひにとの縁談もあった。

 でも興味が湧かなかった。結婚という制度に対して。判を押して役所に届けたところで将来の幸せが保障される訳でもない。
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