夏の雨【短編】
一瞬。私の肩を掴んでいた翔の指がピクリと動いた。


翔は力なく眉を下げ、ゆっくりと手を離す。


「…だけど。一度捨てた気持ちはもう戻らないわ」


「…え、」


「二度と」


尚も逡巡する翔の瞳(め)をジッと見つめ、私は言った。



「翔…。あたし、ちゃんと決着つける。

だから、待ってて欲しいの」



さっきまでの大粒の雨が、嘘の様にやみ始めていた。


「ちゃんと好きだから。

あたしも翔の事、ちゃんと想ってるから…」



そう言うと、わたしの心は愛しさで満ち溢れた。


小雨になった雨は、やがてピタリとやみ、傘をたたむと翔は言った。


「分かった…。俺、待つよ。

今までだって、ずっと待ってたんだから」



翔は笑顔だった。

私の好きな翔だ。


彼を見つめ、私も自然と顔を綻(ほころ)ばせていた。


その時。ぬるい風が私たちの間を吹き抜け、木々を揺らした。



私は何故かその風を、心地いいとさえ思った。



夏の雨に浄化された灰色の街に光が差し、心が軽くなるのを感じていた。



- END ー
< 8 / 8 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:5

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

すれ違いの純情【短編】

総文字数/9,871

恋愛(純愛)22ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
4つ年下で あたしの前では笑わない  彼…。 こんなに気持ちをかき乱されるぐらいなら あたしはまだ 平穏な海がいい… **********

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop