キミに降る雪を、僕はすべて溶かす
混雑具合は普段とそう変わらなかった電車を降り、駅ビルのスーパーに寄って帰ろうと、アパート方面とは反対方向へ通路を歩き出した。その時だった。

「リツ」

真後ろからそう呼ぶ声がして、反射的に振り返る。
あたしをそう呼ぶのはお兄ちゃんだけ。もうこの世界にはいないって分かってるのに、お兄ちゃんかと思った。

「・・・淳人、さん・・・?」

目を丸くして、瞬き。
目の前に立ってたのはついさっき、会社で思わない対面を果たした“社長”。
片手を黒のトレンチコートのポケットに入れたまま佇む姿は、普通のサラリーマンとはちょっと違う迫力も感じる。

「え・・・どうして?」

淳人さんが帰った時間と、退社した時間ってそんなに差がなかったはず。なのに、ここにいるってことは?
にわかに頭が混乱して呆けてると、立ち止まってる二人を避けて脇を通り過ぎた誰かの鞄が、あたしの腕に当たった。

「邪魔になるな。・・・こっちに来い」

肩に回された腕に強く引き寄せられ、そのままいつもの出口の方に向かうから慌てて言う。

「あのっ、お豆腐買いたいんですけど・・・っ」

「夕飯は鍋か?」

彼は面白そうに口角を上げながらも、足は止めない。「湯豆腐です」って真面目に答えたら、今度はククッと笑いが漏れた。

「それも美味そうだが、今日は俺に付き合え」

「どこにですか?」

「そうだな。蟹でも食うか?」

一瞬。カニに釣られそーになった。

「・・・っ、でもあの、今日はミチルさんに何も言ってないしっ」

「子供じゃあるまいし、ラインでも入れておけ」

涼しげに言って、淳人さんは全く取り合ってくれない。
強引だけど、嫌な感じはしなくて。

「一度、お前とはゆっくり話をしてみたかった」

・・・なんて。ひどく懐かしむような、優しい眼差しをされちゃったから。

断り切れずにミチルさんにラインを入れ、ロータリーで待ち構えてた黒の高級車に乗り込むことになったのだった。





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