大江戸シンデレラ

そのとき、おさとが反物を二本抱えて渡り廊下をやってきた。

「御新造さんが、とりあえず男物と女物の浴衣を縫うように()ってなさるんで」

さように云って、木綿地の反物を差し出す。

『男物と女物』ということは……

——この家の(あるじ)とその妻女の浴衣を縫え、ってことなんしかえ。


主はよほど御役目が忙しいのか、まだ美鶴の前に顔を見せたことがなかった。

そして、やはりあの「女」が主の妻女で、名を多喜(たき)と云った。

二人の間に子はおらぬようであった。


美鶴は木綿地を受け取った。

——はて、困ったでありんす。
わっちは生まれてこの方、縫い物などしたことがあらでなんし。

針で指を傷つけるわけにはいかないゆえ、(くるわ)(おんな)たちは針仕事を禁じられていた。
そもそも、見世の者が(まと)う着物の仕立ては、すべてお針子の仕事だった。

確かに身形(みなり)だけはいっぱしの「武家娘」になった美鶴だが、中身の方はなに一つ伴っていなかった。

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