大江戸シンデレラ

「上條さま……申し訳ありませぬ」

本日初めて会ったにもかかわらず、此処(ここ)までしてくれた広次郎に、美鶴はこれ以上ないほど頭を下げた。

「いや、美鶴殿、(おもて)を上げてくだされ。
(それがし)こそ、かたじけのうござる」

広次郎の顔が苦々しく歪んだ。

「叔母上には云うておらなんだが、実はそなたのことは叔父上より少し聞き及んでござったのだ。
だが、あのような(ところ)に押し込まれていたとはな。
……道理で顔を見られぬはずだ」

——なんと、この家の主人(あるじ)は、わっちのことを少しは気遣っておいでなんしたか。

「そなたをこの家に置くにあたって、叔母上はかなり(いや)がったと聞いてござる。
叔父上の御役目が忙しい上に特異なものゆえ、なかなか帰ってこられず目が届きにくいため、そなたには気詰まりなことになってしまった」

——もしや、この御仁ならば、わっちがなぜこの家に置かれるようになったかをご存知かもしれぬなんし。

ずっと知りたくても多喜にはついぞ訊けなかった経緯(いきさつ)を、美鶴は広次郎に尋ねてみようと思った。


だが、しかし——

ひとたび口を開くと「(さと)言葉」が飛び出しそうで怖い。

吉原とは縁のない武家のおなごなら「国許の故郷(おくに)言葉」だと思うかもしれぬが、流石(さすが)に武家でも男であらば、即座に察するであろう。

——それとも、上條さまはわっちが「吉原の(おんな)」であったことまでご存知なんしか。

もし、知らぬのであらば、虻蜂取らずで藪の中に蛇を(つつ)くことになる。

さすれば、我が身の行く末はおろか、子どもの時分よりさんざん世話になった久喜萬字屋(くきまんじや)まで害を及ぼすことになろう。


結局のところ、美鶴は押し黙るしかなかった。

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