大江戸シンデレラ

◇往古の場◇


「吉原」は御公儀(江戸幕府)がお墨付きを与えた、たった一つの「(くるわ)」である。

よって、同じ春を(ひさ)(ところ)であっても、品川や新宿などは「岡場所」としか名乗れない。


その吉原(くるわ)に入る唯一の入り口である大門は、朱色に彩られた二本の柱に黒い屋根を乗せた鏑木(かぶらぎ)門だ。

そこを(くぐ)れば、右手には隙をついて吉原を出て行こうとする命知らずな遊女や女郎たちを 見世(みせ)の者が見張る四郎兵衛会所、左手には御公儀に仕える同心や岡っ引き・下っ引きが(いさか)いごとに備えて詰める面番所があった。


此処(ここ)のところ、厄介な上役から身を変装(やつ)す御役目を命じられておらぬ隠密廻(おんみつまわ)り同心・島村 尚之介は、本日も面番所(そこ)にいた。

そもそもの隠密同心の御役目は、吉原の取り締まりであった。

御納戸(おなんど)色の着物の上に裾を(まく)って角帯に手挟(たばさ)んだ紋付の黒羽織、裏白の紺足袋(たび)雪駄(せった)履き。
腰には二本、水平に差された大小の刀。

生家は代々続く内与力(うちよりき)御家(おいえ)にもかかわらず……


——すっかり、養家の同心の()で立ちが身に付きつつあった。

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