それは誰かの願いごと




念のため、わたしは給湯室に戻って、ゴミ箱を確認した。
するとそこには、確かに、さっき蹴人くんが飲んでいたりんごジュースが残されていたのだ。

蹴人くんがこの部屋にいたのは、事実。
だけど、蹴人くんが一瞬で、扉を開け閉めすることなく、いなくなってしまったのも――――事実。

わたしは、何度も繰り返される信じられない現象に、はじめは気味悪さも覚えたものの、今は不思議と、怖さはあまり感じなかった。
それよりも、その真実を知りたくなっていったから。

マジックなのか、魔法なのか。それともわたしの盛大な勘違いなのか………

とにかく、次に蹴人くんと会うことがあったなら、今度は、絶対に目を離さないようにしよう。

ひそかに決意したわたしだったけれど、そのあとすぐに、蹴人くんが来る前にここで立ち聞きししたことを思い出してしまった。


諏訪さんと浅香さんの結婚、だ。


自分の気持ちに従うことも、折り合いをつけることもできないわたしは、その事実の前で、また、胸を抉られるような辛さと対面するしかないのだった………



『好きなら言えるうちにちゃんと言っておいた方がええよ』


蹴人くんの言葉の意味を正しく理解できたのは、もう少しあとになってからのことだった。













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