それは誰かの願いごと




だから、蹴人くんに、あのお願いをした、そう言いたいのだろう。

安立さんの願いごとは、蹴人くんの言った通り、心の真ん中にいる人のことだったのだ。
そしてその願いが叶った安立さんは、とてもとても嬉しそうで。


「蹴人くんが、叶えてくれたのでしょうか…」

コソッと呟くと、安立さんは「不思議な子でしたね」と笑った。

「もしかしたら、そうかもしれませんね。僕も、彼女から報告されたとき真っ先に蹴人くんを思い出しましたから」

「本当に、不思議な男の子ですよね……」

そこの部分には、おおいに同意できる。

「そういえば、和泉さんは蹴人くんにお願いしなかったんでしたっけ?」

「え?あ…ええ、そう、ですね」

そのあとも何度も訊かれてはいるけれど、いまだにわたしは蹴人くんに願いごとを伝えていない。
すると安立さんが少し残念そうに表情を曇らせた。

「和泉さんも何かお願いしてたら、叶ってたかもしれませんよ?」

惜しいことしましたね、という空気をまとわれて、わたしは曖昧な笑顔をつくった。

「きっともう会うことはないんでしょうけど、もしまた偶然駅で見かけたら、お礼を言いたいと思ってます。本当に蹴人くんが叶えてくれたのかは分かりませんけど、お礼を伝えたい気分なんです」

そう言った安立さんは、優しく、小さな命を授かった喜びにあふれている女性を眺めた。

わたしは、蹴人くんは安立さんには会いにいってないんだな…とか、今度また蹴人くんが来たときには安立さんの代わりにお礼を伝えてあげよう…そんなことを考えてから、安立さんにつられるようにして、彼女を見やった。


とりあえずは、残り少ない昼休みの間に、彼女に心からのおめでとうを伝えよう。

そう、胸の中で小さく決めながら。











< 114 / 412 >

この作品をシェア

pagetop