それは誰かの願いごと
直接諏訪さんの意識を戻すような、”人の命に関係すること” のお願いはかなえられないと断られたが、”幸せになりますように” その願いは聞き入れてもらえるということを知っていたから。
だって諏訪さんも、”大切に想ってる人が幸せになりますように” とお願いしたのだと、そう教えてくれたのは蹴人くんだったもの。
若干、卑怯な手段のようにも思える。
小さな子供を騙すような感じもゼロではないが、やっぱりわたしは、蹴人くんをただの子供だとは思えないし、なによりも、諏訪さんを助けたいのだ。絶対に。
どんな手段も選ばないし、卑怯だと言われても構わない。
少し前までは、蹴人くんの『お願いごとかなえてあげる』という発言も本気で取り合っていなかったのに、今のわたしは、まるで神様仏様にお祈りするような心持ちだった。
どれくらい蹴人くんは考えていただろう。
数秒にも、それより長くにも感じた。
やがて、意を決したように口を開いた蹴人くん。
「……わかった」
「え?」
「いっぺん、やってみるわ。”お姉ちゃんの大切な人が幸せになること” やんな?今の状態でできるか分からへんけど、お姉ちゃんの大切な人の幸せ、頑張ってみるわ!」
「本当?本当に?」
「うん。でも時間かかるかもしれへんよ?」
「そんなの全然構わない!」
わたしは蹴人くんとつないでいる手にぎゅうっと力を加えた。
「痛い、痛いってお姉ちゃん」
「あ、ごめんね…」
慌ててパッと手を離したけれど、そのほんのわずかに目を逸らした隙に、蹴人くんは消えていた。
――――――――ちょっと待っててな―――――――――――
空中に溶け込むような、かすかな声を置き土産にして。
わたしはすぐに諏訪さんの容体を確認しにベッドに駆け寄った。
けれど諏訪さんはさっきまでと何も変わらないように見えて。
蹴人くんが言った、時間がかかるというのが、いったいどれくらいになるのかは分からないけれど、わたしは、とにかく、かすかな希望と大きな味方を得られたような気がして、それから、根拠のない安堵感を手に入れたように思えたのだった。