それは誰かの願いごと
「諏訪さん、こんにちは」
昨日までと何ら変わりのない病室に、わたしはガーベラの花を1本加えながら入っていった。
「これ、本当は、大路さんに差し上げたんですけど、この前諏訪さんのお花をお裾分けしたお礼に…って、いただいちゃいました。ここに一緒に飾っておきますね」
満杯の花瓶に挿すと、風景がわずかに違って見えた。
わたしは諏訪さんの枕元にまで近寄り、そばにあった簡易椅子に座って、諏訪さんの綺麗な寝顔を見つめた。
意識がないことに苦しんでいるような表情ではなくてホッとしつつも、返事がない沈黙に、心が重さを増した気がした。
けれどそのとき、水間さんと大路さんのセリフが頭に浮かんできたのだ。
『意識不明の患者さんでも、ちゃんと心はあるんですよ?周りの声だって聞こえてるかもしれませんし』
『全部じゃないけど、身の回りの出来事とか話し声とか、諏訪さんにも伝わってるのかもしれないわよ?』
そしてそれが引き金になったように、今度は、蹴人くんに言われたことが浮かんできた。
『お姉ちゃんの心の真ん中におるんは、あのお兄ちゃんと違うの?』
『大切な人には、ちゃんと大切やって言っといた方がええよ?』
『あとでホンマに言えへんようになったとき、きっと後悔するで?』
わたしはずっと、蹴人くんが言ってた『ホンマに言えへんようになったとき』とは、諏訪さんと浅香さんが結婚したときだと思っていた。
けどそうじゃなかった。
言いたくても言えなくなる………それはまさしく ”今” なのだと、激しく実感していたから。
あの小さな男の子は、ひょっとしたらこうなることを知っていたのではないだろうか。
あまりの一致に、そんな、あり得ない想像までしてしまいそうになる。
「でも……」
わたしはそっと、諏訪さんの目もとに掛かっている髪を横に流した。