それは誰かの願いごと




「自分以外の人の願いごと?」

「そうなんです。蹴人くんは『お礼になんでもお願いかなえてあげる』と言ってくれたんですけど、たったひとつの条件が、”自分以外の人の願いごと” だったんです。それでわたしは、郁弥さんの幸せをお願いしました」

「私は、みゆきの幸せを……」

「あらあら、二人してお互いにお互いの幸せを願うなんて、それこそ幸せな話ね」

大路さんは冷やかすのではなく、ちょっとした物語を読み終えた感想のように言った。
それから、

「でもそれじゃあ、蹴人は、わたしの代わりに、みゆきさんや諏訪さんにお礼をしてくれたのね……」

見えてるはずないのに、横にいる蹴人くんに笑いかけたのだ。

蹴人くんは驚いたように後ろに一歩下がり、お母さんの顔をじっと見上げている。
自分のことが見えてるのかと、焦っているようにも見える。
けれどしばらくして、そんなわけないか、という風に息を吐くと、

「なあお姉ちゃん、今度はお母さんにぼくの言葉伝えてくれる?」

と訊いたのだった。


「うん、もちろん、どうぞ。……あの、蹴人くんがお母さんにもお話があるそうです」

蹴人くんに返事してから、わたしは大路さんに説明した。
大路さんは「わかったわ」と頷きつつも、頬のあたりには緊張が走ったような気がした。






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