それは誰かの願いごと




「みゆき―――っ、オレの冬服が入った段ボール見なかった?」

ある晴れた日曜日の午後、寝室から出てくるなり訊いてきた郁弥さんに、わたしは手をとめて振り向いた。

「衣服系は全部寝室に運んでもらったけど、なかった?」

「それが見当たらないんだ。すぐ着ない分はひとまずウォークインクローゼットの奥に入れておこうと思ったんだけど」

デニムに薄手のアーガイルニットを合わせている郁弥さんは、今日もモデルみたいにかっこいい。
こんな素敵な人がわたしの恋人だなんて、いまだに信じられないときがあるけれど、ちょっとでもそれを顔に出そうものなら容赦ない制裁が下されるので、わたしは魅力的な恋人に見惚れる、くらいでとどめておいた。
ちなみに容赦ない制裁とは、恋人の濃厚な時間に関することなので、今は割愛しておく。


「アウター、インナー関係なく、着替え類は全部寝室に入れたはずだよ?どこかに混ざっちゃってるのかな」

わたしは見渡す限りに広がっている段ボールの海を眺めながら言った。

そして、まさに今開封しようとしていた ”食器・調理器具” と書かれた段ボールをトン、と小さく叩いて立ち上がると、迷子になってる郁弥さんの冬服の行方を推理してみる。

「一番可能性がありそうなのは………寝具のところかな」

「寝具?和室の押し入れだっけ?」

「うん、そこになかったら、タオル関係に混ざって洗面所か、それとも全然違うところに持っていかれちゃったか……。わたしは運んだ覚えがないから、たぶん、業者さんが間違えちゃったのね」

わたしは、今朝の行動を呼び起こしながら答えていた。

今日は、わたしと郁弥さんの引っ越しだったのだ。

郁弥さんと気持ちが通じあってから数ヵ月、偶然二人のマンションの更新時期が重なったので、自然の流れで、同じ部屋に引っ越したらどうかということになったのだ。

どことなく、数ヵ月前に聞いた白河さんと戸倉さんの件に似てるなとは思ったけれど、マンションの更新時期が重なったのは事実なので、郁弥さんは、戸倉さんみたいに色々企てたわけではなさそうだ。
……おそらく、たぶん。








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