それは誰かの願いごと
『郁弥!』
何度も何度も、壊れたスピーカーのように再生される浅香さんの声が、幾重にも響いてきて、わたしを押しつぶそうとする。
わたしは、ズルズルと、壁に体を沿わすようにして床にしゃがみこんだ。
せっかく、思考に蓋をしたばかりなのに、まったく意味がない。
頭の中は、もうメチャクチャだ。
失恋の痛みも、蹴人くんのことも、全部全部、わたしの中から出て行けばいいのに。
『郁弥!』
『二人だけの秘密にしておいてくれないか?』
『お姉ちゃんの心の真ん中におるんは、あのお兄ちゃんと違うの?』
今日あった出来事は、どれもがイレギュラーで、その取扱いにはいちいち戸惑うけれど、たった一つ、現実に対処できるものがあるとすれば、それは靴擦れの手当てくらいだろう。
わたしは座り込んだ体に重さを感じながらも、ゆっくり立ち上がった。
ズキリという痛みは、ますます自己主張を強めているようにも感じた。
……やっぱり、良いことのあとには必ず悪いことが起こるんだ。
久しぶりの靴擦れは、今日わたしが感じた喜びの、つまり ”良いこと” の、代償だと思うことにしたのだった。