三日月と狼
花澄はその夜、ヒロの部屋のドアを叩いた。

「ヒロさん、少し相談があるんだけど…いいですか?」

深夜に好きな女が自分の部屋を訪ねて来たことに
ヒロは少し戸惑っていた。

もしかしたら自分の気持ちが重すぎて
花澄が部屋を出て行くとか言うんじゃないかと内心ビクビクしていた。

それでも悟られないようにいつもの調子で

「何かあったんだね?」

と優しく聞いた。

帰宅した時に、花澄の様子がおかしいとヒロは既に気がついていた。

花澄は

「助けて欲しいんです。」

とヒロの目の前で突然涙を見せた。

「話してごらん。」

そう言って花澄にティッシュを渡した。

花澄は涙を拭いながら自分の恥ずかしい過去をヒロに話した。

ケイには知られたくないような事も
ヒロになら話せた。

ヒロはケイよりずっと大人だし、
どんな話しも受け入れてくれる気がした。

ヒロは内心、花澄の暗い過去にかなりショックを受けたが
その一方で花澄を守ってあげたいと思った。

「とりあえず一度、俺が逢って話してみるよ。

花澄ちゃんの夫のフリでもして…近づかないように釘をさしてみよう。」

そう言いながら、ヒロには1つ心配事があった。

花澄が今日、その男に逢って
実は気持ちが動いたんじゃないかと不安になった。

何しろ相手は花澄にとって人生を揺るがすほどの相手だ。

「今日、その人と逢って…その…どう感じた?

ちょっとは恋しいとか思った?」

花澄は恭司にキスされたことを思い出した。

あの時、少しだけこのまま恭司に、抱かれてもいいと思ったのだ。

花澄だって恭司の言うとおり
あの頃の記憶は鮮明だった。

このまま腕の中で死んでもいいと思うほど
花澄にとって恭司との情事は特別な時間だった。

ただ、恭司との別れがあまりにも辛すぎて
もう一度、あの時間を繰り返すのかと思うと
身体は突然その気持ちを拒否した。

「怖かったです。

今日逢って、あの人の存在はもうトラウマでしかないって事がわかりました。」

花澄はヒロに本当のことは言わなかった。

ヒロは少し安心して

「わかった。

花澄ちゃんをその男から俺が必ず守ってあげるよ。

だからもう泣かないで。」

そう言って花澄を優しく抱きしめた。

花澄は少し戸惑ったが、
すぐにヒロの背中に手を回した。

「ヒロさん…ありがとう。」

そう言うとヒロがギュッとその手に力を入れた。

花澄はヒロを利用する代わりに
ヒロの愛を受け入れようと思っていた。

所詮、ケイとは叶わぬ恋なのだ。

それならいっそのこと楽な方に流されて生きるのもいいと思った。

今は将輝の代わりに誰か抱きしめてくれる人が欲しかったし、
ヒロのことを好きになれば許されると思った。

ヒロを利用するだけの悪女にはなりたくなかった。

花澄は心からヒロを愛したいと思った。

それがあまりに浅はかで馬鹿げた選択だと言うことがわからないほど既に花澄の心は壊れかけていた。
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