オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない
弁当売りの赤ずきん、オオカミに出会う



「こうして王子様とお姫様は、……」
 弟達に童話の読み聞かせをしていれば、途中でスゥスゥという健やかな寝息に気付く。
 見れば弟達は、童話の最後を聞かぬまま、眠りの世界に旅立っていた。
「おやすみなさい。良い夢を」
 弟達の寝顔に向かって囁いて、読みかけの童話を静かに閉じた。そうして童話を棚にしまうと、私は夕食の後片付けと明日の朝食の下準備をするべく、足音を忍ばせて台所に向かった。
 台所のシンクには、一家六人分の食器が山になっていた。
 ……よし! 私は腕まくりをすると、早速シンクに溜まった食器を洗い始めた。
 私の毎日は、息つく間もないくらい目まぐるしい。大学にアルバイト、家事に弟達の世話と、時間は駆け足のように過ぎていく。
 しかも今月から母が夜間清掃のパートを始めた事で、夕方から夜にかけての私の負担が、これまで以上に大きくなっていた。大学の友人らのようにお洒落を楽しむ余裕や、好きな趣味に没頭するゆとりは到底なかった。
 けれど私にはそれらを楽しむより、家族の暮らしを支える事の方が余程に意義があり、ずっと大切な事だった。
 だから、忙しい日常にもまるで不満はなかった。
 それでも童話の読み終わりはいつだって、ほんの少しの寂寥感が胸を過ぎる。夢や希望がふんだんに詰め込まれた物語の世界は、私の過ごす慌ただしい日常とかけ離れた別世界だ。
 キラキラとした世界で、生き生きとした登場人物が繰り広げる、多彩な物語。
 それらは私の目に、少し眩しい……。
 ポーン、ポーン――。
 時報の音にハッとして、壁掛けの振り子時計に視線をやれば、午後十時を回っていた。
「わ、もう十時! ちゃっちゃと片付けて寝なくっちゃ、明日が持たない!」
 私は物思いですっかり疎かになっていた皿洗いを、慌てて再開させた。


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