オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない

「弁当は俺が全て買う。だからもう、君は家に帰りなさい」
「ヘッ!?」
 少女がパチクリと目を瞠る。その稚い仕草の可愛らしさに、このまま弁当売りを続けていては、よからぬ考えを持つ悪い輩にかどわかされてしまうのではないかと、ますます心配になった。
 固まる少女を横目に、ポケットから長財布を取り出す。
「これで足りるはずだ。釣りはいらん」
 札入れの紙幣を全て掴み、少女に向かって差し出す。
 少女は困惑も露わに俺を見上げた。
 そうしてしばしの逡巡の後、少女はゆっくりと口を開いた。
「……あの、おそらくお客様は、何か勘違いをしています。先ほど仰っていた義務教育とか児童ってやつですけど、私、大学生なんです」
 ……誰が、大学生だと?
 聞かされた台詞はしかし、すぐには理解が追いつかなかった。
「なのでもうとっくに、義務教育でも児童でもありません。童顔なのでよく、間違われちゃうんですけど。ですから大学生の私がアルバイトするのは珍しい事でも何でもないんです。ですからお客様に、全部はお売りできません。お客様が本当に召し上がる分だけ、購入をお願いします」
 少女から丁寧に、けれど整然と告げられた販売拒否。
 凛と言い切った少女の姿が、俺の目に眩い。そのあまりの美しさに、俺は思わず息を呑んだ。
「だけどご心配いただいて、ありがとうございます」
 少女は気恥ずかしそう続け、ペコリと小さく頭を下げた。
「……そうだったか。君はもっと幼いのかと……、すまない。どうやら俺は勘違いをしたようだ」
 少女の説明で胸に理解が下りれば、俺のした勘違いこそがとても不可解に感じた。
 冷静に見れば、少女は確かに小柄で童顔ではあるが、丁寧な接遇や所作は、とても幼女のそれではない。
 ……俺は少女を前にして、湧き上がる圧倒的な庇護欲に目を曇らせ、そのまま突き進んでしまったのだ。
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