オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない




 月子の入社からおよそひと月が経過したこの日、俺は東日本統括部長と営業本部長と共に、人気のイタリアンでランチの席に着いていた。
 本音を言えば昼食くらい仕事の面々と離れて羽を伸ばしたいところだが、誘われてしまえば断る理由も思いつかず、応じていた。
「いやぁ、東日本統括部長、ここのイタリアンは絶品ですなぁ」
「お! 営業本部長は分かってるね~。ここはね、店主の意向で取材なんかは一切お断りの穴場なんだから」
「ほぉー! さすがは東日本統括部長、いやいやお見それしました~」
 ……ふむ。何が悲しくてオジサン連中相手にコースランチなど面倒な物に舌鼓を打たねばならんのか。
 ふぅ~。
 気付かれぬよう、こっそりとため息を吐く。空き時間を見つけては、月子の弁当を買いに走った日々が懐かしく思い出された。
「それにしたって明彦君が一緒に来てくれるとは思いもしなかったなぁ~。いやぁ~、嬉しいな~」
 東日本統括部長はそう言って、ニコニコとした笑みを浮かべた。
 ……俺はたまに思う。一見すればのほほんとした東日本統括部長も、調子のいいヨイショをしてみせる営業本部長も、何気にOGAMIグループの根幹を担う役員なのだ。
 もしかすれば彼らは笑顔の仮面の下で、音速の如きスピードで、あらゆる知識や思考を目まぐるしく巡らせているのかもしれない。
 ……ふむ、これは油断ならんぞ。
「そういえばさ、明彦君が以前タクシーで向かったお弁当屋さんってどこにあるの? 美味しいのかい?」
「弁当は正直、普通かと。ただ、手ずからよそわれる温かい豚汁が美味しいですね。……ちなみに場所はこちらに」
 月子が辞めた今となっては、弁当屋を教える事にも否やはない。
 俺は背広のポケットから手帳を出すと、店舗の詳細を書きつけて東日本統括部長に渡す。
「へ~、わざわざこんなところまで通って、……って!! もしかして明彦君、売り子の女性が可愛かったりするのかい!?」
 途中、東日本統括部長はニコニコからニヤリに笑みを変えて、俺に向かってグッと身をのりだした。
 俺の脳裏に疑問が過ぎる。
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