オオカミ社長は弁当売りの赤ずきんが可愛すぎて食べられない




 東日本統括部長らとしたイタリアンの昼食から二週間。
 終業時刻を僅かに回った頃、経営企画室を訪ねてくる者があった。広いフロアの一番奥に座す俺からは、扉の向こう側の人物は確認できない。
 けれど俺には、来訪者の正体が分かっていた。
「あら、運野さんじゃない。どうしたの?」
 案の定、応対に出たスタッフの声で、来訪者は月子と知れた。
 経営企画室のスタッフは、全員が月子とは顔見知りだ。
「ご無沙汰してます。内定者アルバイトの折は大変お世話になりました。実は六月からこちらに配属が決まりまして、またこちらで働ける事になりました。今日はそのご挨拶にまいりました」
「あら! 運野さんとまた働けるなんて嬉しいわ!」
 アルバイトの際に、月子の有能さを十分に知るスタッフは月子から配属を聞かされて相好を崩した。
「また、よろしくご指導お願いします」
 俺は二人のやり取り聞きながら、手早く作成中の資料に保存をかけ、パソコンの電源を落とす。
「牧村さん、すまないけど今日は先に失礼する」
 そうして鞄と背広を抱えると、隣のデスクでパソコンに向かうチーフスタッフの牧村に退社を伝えて席を立った。
「あらま!」
 牧村という女性は俺の母親ほどの年齢だが、驚くほどにその感性は柔軟で若々しい。OGAMIグループの柱であるアミューズメント関連分野は、一早く流行を掴み、時に先読みながら、その展望を描く必要がある。
 そんな中で、牧村は天性の才と優れた勘で、毎回上層部が目を見張るような企画立案をする貴重な人材だ。それはまさに、我が社の屋台骨と言っても過言ではない。
 その彼女がニンマリと笑みを深くして、俺を見上げて言った。
「明彦専務、恋は証券市場と同じです。頑張っていいタイミングでモノにするんですよ!」
 ……観察眼の鋭い彼女には、俺が月子に募らせる恋情とてお見通しなのだろう。しかしその感性はあまりに独創的で、今の助言からは今一つその真意が伝わってこなかった。
「そうか。一応頭の片隅に置いておこう。ではな」
「はい、お疲れ様です」
 牧村は満足げにひとつ頷くと、再び目の前のパソコンに目線を戻した。
 それを横目に見て、俺は足早に扉に向かった。
「運野、ちょうど上がるところなんだ。駅まで一緒に行こう」
 そうして、扉のところでスタッフと立ち話する月子に向かって声を掛けた。俺に気付いた月子はふわりと目を細め、はにかんだように笑った。
「はい! ……あ、そうしたら少しだけ待ってもらっていいですか?」
 頷きかけた月子だったが、途中で気付いたようにいそいそと俺の横を通り過ぎ、経営企画室の中に入ってしまった。
 ……なんだ?
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