星空電車、恋電車
ここがカミングアウトのタイミングだろう。本当は神戸についてから連絡するつもりだったけど。

『京平先輩は大学に行っても陸上を続けますか?』

『まだ自分の中で満足がいく記録が出せていないからな。続けるさ』

『じゃ、私の分まて頑張ってくださいね。日本大学選手権、もちろん出ますよね。チェックしますから』

『お前、何言ってんの?』

『私、陸上辞めました。学校も』

『は?』
それきり京平先輩とのライン画面を閉じ、そして陸上部のグループラインを開いた。

『突然ですが、陸上をやめました。父の仕事の都合で昨日で学校も辞めました。今日、県外に引っ越します。みなさん、今まで本当にお世話になりました。ちゃんと挨拶もしないでごめんなさい。皆さんのことは忘れません。 千夏』

送信するとすぐにアプリを削除して電源を落とした。

スマホも今のを解約して新しく格安スマホにするつもり。陸上も辞めて全てリセットすると決めたのだ。
勝手なことをしているのはわかってる。
失礼なことをしているのも十分承知だ。

でも、私にはこうする以外なかった。
陸上も樹先輩も私の全てだった。
リハビリすれば運動ができる可能性があるとドクターは言った。けれど、もう一度競技に戻れるとは言ってくれなかった。それは即ち今年の国体も来年のインターハイも望めないと言われたに等しい。


色の電車の窓から流れる景色をボーっと見つめる。母は気を遣っているのかそれとも母もこの地を離れることに何か感傷があるのか話しかけてこない。

母は自分たちの都合で娘の居場所を奪ってしまったと思っているのかもしれない。
結果的に私も神戸に付いていくことになったけれど、叔父の家から通う選択ができたのにしないと決めたのは私だ。

母にもそう言ったのだけれど、母は納得できないみたいで何度も叔父の家から通わなくていいのかと聞いてきた。その度即答で断った私には複雑な顔をしていた。

タイミングが悪かった。いや、タイミングがよかったのだ。

樹先輩の事がなければ私は叔父の家から通う選択をして、陸上にもしがみ付いていたことだろう。
その先、求める結果を残せない自分と繰り返す故障を抱えて苦しむことになったんじゃないだろうか。

ものは考えようだと思うしかない。
恋も陸上も上手くいかず、両親と離れ残りの高校生活を過ごすことにならずに済んだのだ。

神戸で新しい生活をするのも悪くない、きっと。
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