触れられないけど、いいですか?


「それでは、今日はお邪魔致しました」

玄関で靴を履いてから、玄関先まで見送りに来てくれた翔君のお父様とお母様に頭を下げる。
まだ時間は早いので、この後は翔君と二人で新居への引っ越しの為の買い物に向かう予定だ。


「さくらさん」

私の名前を呼びながら、お父様が一歩前へ踏み出す。
そして。


「息子のこと、これからもよろしくお願いしますね」


そう言って……自分の右手を私に差し出してきた。


思わず、全身が固まる。

本当は、すぐに私も手を伸ばし、こちらこそと言って握手をするべきだ。

だけど……

翔君のお父様とは言え、男性恐怖症の私にとっては身構える対象なのだと……今、改めて実感した。
だって、背中に冷や汗が伝い、手を差し出し返すことにこんなにも躊躇っている。


「さくらさん?」

「あ、えっと……」

どうしよう、どうしようと焦っていると。


「そう言えば父さんは、夜から会議だっけ?」

と、私の隣に立っていた翔君がお父様に話し掛ける。


「ん? ああ、そうだよ。会議と言っても、親しい取引先相手との定期的な会食だけどね」

「へえ。俺もいつか同席したいな」


……翔君のお陰で、お父様の意識は私から翔君に逸れたみたい。

握手をしなくても良くなった事実にホッとして、思わず肩の力が抜ける。


「それでは、またお邪魔させていただきます」

今日はありがとうございました、と言って、私は翔君と一緒に日野川家を後にした。
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