触れられないけど、いいですか?
「お父さん、お母さん。お待たせ」

玄関を出ると、スーツ姿の父と着物姿の母が、私を待ち構えるかのように既にそこにいた。


「いいのよ。それじゃあ行きましょうか」

黒地に桜の花びらの刺繍が施された着物を身に纏う母が優しく言う。


母と一緒に車の後部座席に乗り込むと、父が運転席に座った。
普段は専属の運転手がいるのだけれど、今日はあくまでプライベートなため、運転好きでもある父がハンドルを握る。


これからこの車が向かうのは、都内の老舗高級料亭。

……そこに行くと、私のお見合い相手がいる。


私の名前は朝宮 さくら。二十四歳。

私の父は、朝宮食品株式会社という日本の大手食品メーカーの社長。
そんな朝宮家に生まれ育った私は、子供の頃から何一つ不自由ない生活を送ってきた。

けれど先日、突然今日のお見合いの話が舞い込んできたのだ。


お相手の名前は、日野川 翔(ひのかわ しょう)さん。
なんと、日本が誇るトップ企業グループである日野川グループの御曹司だ。

日野川グループと言えば、旧財閥として知られ、今や世界中で様々な事業展開を行う大組織。

朝宮食品だって国内では有名な大企業であるけれど、日野川はそれとは比べ物にならない程の権力を持つ企業グループなのだ。


そんな日野川グループの御曹司と、何故私がお見合いをするに至ったのか、その理由は単純で、どうやら父親同士が古くからの友人とのこと。
お互いの子供が独身であることが話題に上がり、そこからこの結婚の話が浮上したらしい。ちなみに私の姉は二年前に既に結婚しており、旦那様はお婿さんとして朝宮食品で尽力してくれている。そのため、この結婚の話は妹である私の元へやって来たのだ。
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