俺様御曹司は期間限定妻を甘やかす~お前は誰にも譲らない~
今日から本格的にプロジェクトが始動する。


出勤したら制服に着替えるけれど、気持ちを引き締めるためにお気に入りのセットアップワンピースに袖を通す。

電車での冷房対策のため、薄手のジャケットを手に玄関へ向かうとスーツ姿の夫が立っていた。


ただ立っているだけなのに、どうしてこんなにもこの人は絵になるんだろう。


「本当に一緒に行かないのか?」

私に気づいた采斗さんが再度確認してくる。


「行きません。笹野さんがエントランスで待ってらっしゃいますよ」

笹野さんは毎朝彼を迎えにやってくると聞いた。

以前はこの部屋の前まで来られていたそうだが、結婚後は変更になったらしい。


「行き先は同じだろ」

「一社員が副社長と一緒に出勤するなんて不自然すぎます」

「電車で出勤させるのが心配だって言っても?」

「今までも利用してたんだから大丈夫。子どもでもないのに」

「子どもじゃないから心配なんだけど?」

そう言って、彼はそっと長い指で私の頬を撫でた。


近すぎる距離にまだ全然慣れない。

言葉に詰まる私を見て、彼がフッと眦を下げる。

「ほら、すぐそういう顔をする……だから心配なんだ」


どういう意味?


「行ってきます。浮気するなよ」

「しません!」

どうやったら通勤電車で浮気なんてできるんだろう。

冗談も大概にしてほしい。


ガチャリと玄関ドアを開ける彼。

離れた指にホッとしたのも束の間、突然振り返った彼にふわりと唇にキスが落とされた。


「忘れ物」


それだけ言って、目の前でバタンとドアが閉まる。

笹野さんがこの場に迎えに来ていなくてよかったと心底思った。


やっぱりこの結婚生活には全然慣れそうにない。
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