俺様御曹司は期間限定妻を甘やかす~お前は誰にも譲らない~
「詠菜?」

駅前に差し掛かった時、背後からふいに名前を呼ばれ、反射的に振り返る。


「……孝也?」

「会社に戻るのか?」

「うん、今日はお疲れ様」

「ああ、お前もな」

お互いに今日の成果について多くは語らない。

外という意識もあるがなにより競合相手という思いが勝る。


「ひとりなのか?」

「あ、うん。上司に先に帰社するよう言われたから……孝也も?」

「俺はこれから別件で向かうところがあるから」

「そう、それじゃ」

微妙な空気にどう対応してよいか迷いつつ、さり気なく別れの挨拶を口にする。


正直、今はひとりになりたい。

元恋人に気を遣いながら、気の利いた会話をできるような精神状態ではない。


踵を返し、改札口に向かって足を踏み出す。

「ちょっと待てよ」

呼び止める声に再び振り返る。


「なに?」

「お前、本当にあの男と結婚したのか?」

ここが公衆の面前だからだろうか。

元恋人は相手の名前を出さなかった。

その配慮は正直有難い。


けれど、それならば尚さら私的な話題を出さないでほしい。

結婚相手の素性について今も副社長は公表していない。


けれど、今や彼が既婚者であるというのは周知の事実となっている。

孝也がそれを知らないわけはない。


特に彼は私がその結婚相手だとすでに知っている。

そういえばなぜその事実を孝也は黙ってくれているのだろう?
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