恋愛下手な年下研究者の実験体になりました。



 あれは先ほどまで律紀と話していた、彼女の持ち物だった。律紀は震え出しそうな体を何とか耐えて、座席から立ち上がった。
 そして、倒れている人が見える位置まで移動する。顔は見えなかったが、白いブラウスに紺のスカート。
 紛れもなく、律紀が初めて鉱石の話が出来た年上の友人の姿だった。
 

 「夢ちゃん!」


 律紀は気づくと彼女の名前を呼んでいた。
 バスは、その事故現場体離れようとしている。それに気づいた律紀はすぐに運転手に駆け寄った。

 
 「下ろしてください!」
 「え……ここでは降りれないよ。」
 「僕の友達がいるんです!」


 律紀の必死の思いが伝わったのか、運転手はドアを開けてくれた。
 律紀は開いたドアから勢いよく飛び出し、夢へ駆け寄った。


 「お姉ちゃん!夢ちゃん!!」


 彼女の顔は先ほどのは全く違う、青白くて全く動いていなかった。呼吸をしているのかわからないぐらいだった。

 真っ白なブラウスは血を吸って赤くなっている。あまりの悲惨な光景に、律紀は唖然としてしまった。


 「坊や、この子のお友だちなの?」
 「………今日友達になったばっかりなんだ。」
 「そうだったの………。」


 律紀に声を掛けた女の人は、顔や腕に沢山傷があった。けれども、自分よりも倒れている夢を手当てしてあげている。男の人は、先ほどから夢の胸を両手で押している。何をしているのかはわからなくても、その人の必死な顔を見ると、夢を助けてくれているのだと律紀にもわかった。
 

 「ねぇ、坊や。この子の手を握ってあげてくれる?この子に届くように……目を覚ましてくれるように。」


 その女性は泣きそうなのに堪えて、律紀に微笑んだ。子どもながらに、夢は危険な状態なのだとわかった。


 律紀は黙ったまま頷くと、夢の手を握った。

 左手を握りしめる。

 すると、チャリンという金属の音がした。夢の左手は力が抜けているはずなのに、ぎゅっと何かを持っていた。
 律紀はそれが何なのかすぐにわかった。律紀があげたキーホルダーの鉱石が指の間から見えた。

 夢が必死に握りしめている鉱石。

 律紀は夢の手とマラカイトを包み込むように、握りしめた。
 彼女の手の方が大きいので、律紀は両手で夢の手に触れた。


 マラカイトは魔除けの石なのだ。
 きっと夢を守ってくれる。


 「夢ちゃん。お願い………目を覚まして。そして、約束したこと2人でやろう………。」


 律紀は、救急車が来るまで、何度も何度も彼女の名前を呼び続けた。
 





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