Crazy for you  ~引きこもり姫と肉食シェフ~
酸素マスクが少し息苦しかった。

「覚えて、ないの……?」
「覚えてないな……もう、泣くなよ、莉子は……」

手を伸ばそうとして、叶わないと判る。

「あれ……手が動かねえな……」

そんな言葉に、莉子は息を呑んで悲鳴を上げた。

「せ、せんせ……看護師さん!!!」

莉子は慌てて立ち上がり、集中治療室のカーテンを乱暴に開けて出て行った。


***


「体が動かしにくいのは、点滴に麻酔が入ってるからです」

白衣を着た医師が説明をしてくれる。

「確かに、場所が場所なので後遺症があるかもとは言いましたが、現時点では様子を見ましょう」

慌てた莉子は小さくなる。

「目が覚めたからと言って、すぐ一般病棟とはいきません、今暫く回復を待ちます。それと、警察が事情聴取をしたいと言っているのですが」
「──警察?」

尊は思わず呟いた。

「ええ、事件の事は覚えてますか?」
「──済みません、何のことやらです」

医師はただ頷く。

「後頚部(こうけいぶ)……うなじの怪我はどう見ても鈍器で殴られた跡でしたので、警察には報告済です。ですので藤堂さんの話も聞きたいとのことなのですが、私としては完全に回復するまでは無理だとお断りしています、それは医者としての見解です。でも藤堂さんさえ良ければ、今すぐ来てもらってもいいですし、一般病棟に移ってから来てもらう事もできます」
「ああ……今すぐは、ちょっときついですねえ……」

喋るもの億劫だ。

「判りました、意識が戻ったとの報告はしておきます。とりあえず、あと二日、三日は集中(ここ)で休んでくださいね」

医師と看護師は計器を一通り確認してから、カーテンを出て行った。
カーテンで仕切られたその場所の隅にいた莉子が、おずおずと近づき尊を覗き込む。

「……尊……」

心配そうな声に、尊は力なく微笑み返す。 そんな姿に莉子は胸を締め付けられる。

事件のすぐあと、拓弥が莉子の部屋にやってきて、尊が病院に運ばれたと教えてくれた。 二人揃って病院へ来ると、拓弥は莉子も身内だと言って集中治療室に入れてもらう。

様々な計器に繋がれて眠る尊がいた、青白い顔とまつ毛一本揺らさない姿にもう助からないのではと思えた。 全身から血の気が引いた。

「死んだら……どうしようって思った……」

莉子は震える声で話し始める。

「……莉子……」
「よかった……尊が死なないで……よかった……」
「そんな簡単に死なねえよ」

それでも力なく笑う尊を見て。 それは麻酔が聞いてるからだと判っていても、空元気のような気がして。
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