野獣は時に優しく牙を剥く
しかし、だ。
谷がいくら手を貸し、権力を使い、お金を立て替えてくれたとしても。
どうにもならないのだから仕方がない。
無い袖は振れないのだ。
根本的にお金が足りない。
働けど働けど我が暮らし楽にならざり、だ。
「助けて下さるのなら愛人にしていただけた方がよっぽど……。」
つい口をついて出た本音は最後まで言わせてもらえずに被せるように遮られた。
「そんなものにさせやしないよ。」
地を這うような低い声は怪しい男を追い払った時を彷彿とさせ、鋭い眼光は一瞬で不穏な空気を漂わせた。
柔和なだけの彼なら会社など興せていないだろう。
時折見せる彼の獰猛な野獣を飼い慣らしているような狡猾さを感じて背すじに嫌な汗が流れる。
それでも目の前の飼い慣らされた野獣を怖れていては生きていけない。
澪は追い詰められているのだ。
窮鼠猫を噛む。
噛み付いてやろうじゃないの。
「愛人にしてくださるくらいの副収入がなければ困るから昨日はあそこにいたんです。
二度と邪魔しないでください!!」
きつく睨みつけて踵を返した。