野獣は時に優しく牙を剥く

 一歩入って絶句する。

「やっぱり後悔した?」

 壁に体の重心を預けた谷が腕で顔を隠すように覆っている。
 後悔したのは彼の方だと思うくらい彼の発する言葉は先ほどの力強さを感じない。

 その彼と部屋とを何度か見比べる。

「そ、れでベッドルームはどちらに?」

 状況がつかめなくて口を転がり落ちた言葉に谷はムッとした。

「本気で愛人に立候補したわけ?
 澪ちゃんは可愛いから恋人なら考えるけど。」

 この状況での冗談に軽く目眩がする。

「でしたら、どうしてここへ?
 ここは谷さんのご自宅なんですよね?」

 顔を覆っていた腕を口元に移動させて谷は苦笑する。
 ここへ来てから彼の言動は状況にそぐわない。

「あぁ。そうだよ。
 タワーマンションの最上階はステータスかなって思って買ったんだけど。
 周りにもそのくらいの場所に住め、とか、自覚を持て、とか言われて。」

「はぁ。」

 彼の言い方からあまり住まいに拘りがあるように思えない。
 ただなんの説明をされているのか、やっぱり状況が飲み込めないのは変わらない。

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