うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-

***

 昼休憩も終わりに近づいた頃である。教室に戻って菜乃花と共に昼食をとっていた佳乃の元に、体育祭のスターこと剣淵が近づいてきた。

「おい」

 相変わらずの不機嫌そうな表情で声をかけるものだから、怒られているような気になってしまう。身構える佳乃に剣淵が耳打ちした。

「顔かせ。こないだ言っただろ。お前に用事があるんだよ」

 そういえば、と佳乃は思い出す。合宿の時に『昼食休憩の後空けておけ』と剣淵が言っていたのだ。理由を教えてもらえなかったことからすっかり忘れてしまっていた。慌てて佳乃は立ち上がる。

「じゃグラウンドに行くぞ」
「うえぇ……外でたくない」
「うるせー。早く行くぞ」

 あの炎天下に戻るなんて嫌だ、と救いを求めるように振り返って菜乃花を見る。

「がんばってね、佳乃ちゃん」

 呑気にひらひらと手を振る菜乃花は動きそうになく、どうやら助けてはくれなさそうだ。



 剣淵と共にグラウンドを目指して歩く途中のことである。

「これ、渡しとく」

 差し出されたのは紅色のハチマキだった。だが佳乃も剣淵もすでに頭に巻いている。どう使えというのか意味が理解できず、佳乃は首を傾げた。

「それ、二人三脚で使うヤツだからな」

 剣淵が出場すると聞いていたが、まさか一緒に走れということだろうか。二人並んで走る姿を想像するだけで嫌な汗が浮かびそうになる。

 それでなくても運動神経抜群で目立つ剣淵なのだ。注目を浴びるに違いない。それと一緒に走るのが運動神経最悪の佳乃とくれば――足を引っ張る佳乃の姿に生徒たちは笑うことだろう。

 それだけではない。カップルが参加することの多い二人三脚で剣淵と一緒に走れば変な噂が立つ。今日の活躍で増えてしまった剣淵ファンから恨まれるに違いない。

「勘弁して。あんたと一緒に走りたくない」

 先を歩く剣淵を追いながら佳乃が言うと、剣淵が苦笑した。

「だろうな」

 わかっていて佳乃と共に走ろうとしているのか。つまりこれは嫌がらせなのか。悶々と考えながらもついにグラウンドに到着する。
 昼休みで教室に戻っていた生徒たちが集まりだし、二人三脚出場者は列を作って待機していた。それが見えたところで、剣淵はぴたりと足を止めた。

「ほら。行ってこい」
「行ってこいって……剣淵は?」

 一緒に走るのでは、と佳乃が聞くと剣淵は「知らなかったのか、お前」と目を丸くして言った。

「俺と一緒に走るヤツが伊達なんだよ」
「え? なんで二人が……」
「変な女子と走って騒がれるぐらいなら野郎と走るって決めてたんだよ。んで、伊達に誘われたから受けた」

 見れば二人三脚の待機列に伊達の姿があった。剣淵がくるのを待っているのだろう。伊達と並んで走るのだ、と考えるだけで頭の奥が沸騰しておかしくなりそうになる。

「俺は疲れたから休む。代わりにお前が走るって言えば、なんとかなんだろ」
「嬉しいけど……私、運動神経悪くて――」
「んなもん気合でどうにかしろ。とにかく俺は休む、わかったな」

 有無は言わせないとばかりに鋭く睨まれ、佳乃は反射的に頷いていた。

「じゃ、頑張れよ」

 その一言を残して、剣淵が歩いていく。

 佳乃と伊達が仲良くなるよう応援してくれているのかもしれない。剣淵の優しさによって与えられたチャンスなのだ、去り際に見せた微笑みを思い返し、手にしたハチマキをぎゅっと握りしめる。
 このチャンスを無駄にしない。気合で走ってみせる。決意を固くした佳乃は待機列で待つ伊達の元に向かった。
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