見えない世界でみつけたもの
 熱く熱をもつ静の手を放し、俺は玄関を上がろうと踏み出した。しかし、慌てていたせいか上がり損ねて思いっきり転んでしまった。

「うあっ!」

 咄嗟に手を付いたが受け身などとれるはずもなくその場に倒れこんでしまった。
 
 手をつこうとしたが何も見えない恐怖から手が動かずに肩から倒れたが、何かが肩に当たり痛みが走り抜けていく。
 
 俺の記憶が正しければ玄関の上り口にはスリッパ置きがあったと思う。木製なのでかなり丈夫だろうから、そんなものに当たれば怪我をするのは当たり前だ。


 ……やっぱり、何も見えないんだな。


 痛む肩を押さえながら手探りで足元を確認してゆっくりと立ち上がった。
 
 慣れたと思っていたのに何故こんなに分からないんだ。いつもはもっとそこにものがあるように分かるのに――。

 そこで俺は気付いた。

 いつもは静がいる。

 俺の隣には、必ず静がいた。

 そうか……俺はいつも静の目を通して見ていたから、俺にも見えていたと錯覚をしたのか。

 でも今はいない――たったそれだけなのに闇の中にいるようで怖い。暗くて何も見えなくて怖い。

「ゆ、うた……」

 うしろから声がする。

 弱弱しく、でも安心できる声が、静が俺を呼んでいる。

「わた、し……だい、じょう……ぶ、だから」

 俺を安心させようとする静の声が聞こえる。もう、話さなくていいから、少し黙っていろ。

「待ってろ! 静」

 俺は静に叫ぶ。

 同時にふがいない自分に喝を入れ、壁に手を付きリビングを目指す。

 走りたい――昔ならこんな距離は何でもない距離だった。なのに今の俺はそれが出来ない。

 もどかしい。早く電話して救急車を呼ばないといけないのに。
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